LEICA M10-Pを使った一日一撮がようやく100日となりました。SUMMICRON-M f2/50を購入し、1ヶ月間毎日撮影をしてきました。もうスペックだけを綴るような機材系レビューはネタ切れです(笑)。
これ以上の選択肢はない(たぶん)。
毎日写真を撮るルールを己に課してから数年。明確に体に染み込んだことが1つあります。見た目の良さが趣味を推し進める原動力になるということです。どこから眺めてもうっとりしてしまう造形。机に置いているだけではただの高級文鎮ですが、これまで手にしてきたカメラと呼ばれる道具の中でLEICAとSUMMICRON-M f2/50の組み合わせが一番ワクワクするセットアップになっています。

沼に片足を突っ込んだ状態で周辺アクセサリーで妥協するわけにもいきません。これをディドロ効果と言います。1つ良いものを手にすると、釣られて周りのものも良いもので揃えたくなる心理効果です。「ライカを買ったら沼は終わり」などと甘い幻想は捨てなければなりません。

先輩からの紹介で一目惚れして即買いしたULYSSESという革専門店のストラップが届きました。ライカに直付できるタイプもありましたが、間違えて汎用性の高いクラシコを購入。ライカボディに装着するオプションも追加し、しめて12000円ちょっとでした。ディドロ効果の前ではこのくらいの出費はそよ風です。

上から眺めた外観です。なんてミニマルなのでしょう。そこには露出の3要素が目視できる必要最低限のビューティリティが存在します。なんでもできるミラーレス全盛期の今、あえて必要なものだけに機能を絞る写真機を作れるメーカーはライカ(とハッセルブラッド)くらいではないでしょうか。

背面も至ってシンプルです。ライブビューはLVを押さない限り機能しません。ここがM10シリーズのいいところですね。

レンズの話に戻りましょう。第四世代 SUMMICRON-M f2/50 は1994年以降製産され続けている現行品です。時間の重みに耐え抜いたデザイン。さらに光学設計に関しては1979年から一貫した4群6枚が踏襲されています。「これ以上何を望みますか?殿様じゃあるまいし」と歌った森山直太朗さんの声が脳内でリフレインしています。なお第四世代はレンズフード内蔵型です。撮影時はすっかり忘れて使用していませんが。

デザイン・歴史・描写、どこを切り取っても隙がなく、人生最後の標準単焦点レンズはこれでいいやと感じています。途中から数えることをやめましたが恐らくカメラ趣味人生で使ってきた金額は500万円くらいかと思います。ローンに追われ身銭を切りながら着地したズミクロンであれば後悔はありません。他人と比べてではなく自身の体験として1つの解となりました。
写真を撮ると、話は変わる。
では、ライカを買ったら人生は変わるのでしょうか? もちろん否です。そんなはずもなく。

約150万円の機材を毎日カバンに放り込んで雨で濡らしながら日々写真を撮り歩くなんて…なんとも随分な道楽ですが、それはただ相対的に価格高いというだけの話です。写真にはローンの残高は写りません。所有感・満足感も写りません。写るのはそこらへんのおじさんの残酷なまでの日常でした。これは特にズミクロンを装着してから強く感じました。

サラリーマンとして働いている傍、毎日写真を撮るんだ!と息巻いても通勤・退勤くらいしかシャッターチャンスはないわけですが、擦り倒した片道15分のフォトウォーク(自転車)で映える被写体がそうそう転がっているわけもなく。萎れかけた一輪の花に心が躍る中年男性は側から見れば異様者でしょう。そのうち通報されそうです。

機材が揃ったくらいで写すものまで映えれば苦労はしません。現実はSNSで見かけるような煌びやかな世界は広がっていない。安い機材で撮影していた時と同じ日常がそこには広がっています。ディドロ効果でアクセサリーも一軍で揃えたとしても写真にはなんの影響もありません。

極端な例えですが、どんなにすばらしい機材を所有していようと人間は死んだら終わりです。「人間の死亡率は100%です!」と綾小路きみまろさんが仰っている通りです。カメラの歴史上最も写真文化に貢献してきた機材に巡り会えたことには感謝していますが、遅かれ早かれどのみち写真活動は終わりを迎える日が来るでしょう。

終わりがある未来を考えるとちょっと悲しい気持ちになりますが、凡庸な写真を撮り続けられる環境自体はとても稀有なことだとも教えられました。ありのままの人生しか写らないけど、そういう写真が積み重なれば「お前、めちゃくちゃ普通で安寧な人生だったな」と晩年自分の人生を振り返られるわけです。
それでも撮り続ける。
自分の物差しで機材を選んできたと自負しながら、あがってきた写真を見て他人比較で至って凡庸な現実を突きつけられるあたり、結局自分と他人を比較してしまう性からは逃れられないのだなと猛省しました。例えばこの一日一撮が、YouTube企画ではなくライフワークとして(仮にインフルエンサー的な活動を辞めたとしても)誰に見つかるわけでもなく、日の当たらない場所でもずっっっっっと写真を続けることができたらそれは本物の自分軸と言えるでしょう。

そう考えると、死後に写真活動が発見されたヴィヴィアン・マイヤーってすごいですね。写真集、買ってみようかな。
特にオチのない自問自答記事を最後までお読み頂きありがとうございます。現時点での収穫は ①LEICA M10-PとSUMMICRON-M f2/50のセットアップは素晴らしい。②でもいつかは写真活動を終える日が来る。③今、写真を撮り続けられる趣味ってめちゃくちゃ贅沢だ…というところです。この②と③をきちんと写真で表現できるようになりたいと感じています。
この感覚をもって南雲暁彦さんとの対談を振り返ると、作品を作る原点に辿り着けたこと(表現したいテーマが見つかったこと)にありがたみを感じます。これは形にしたいなぁ。
今日が1番若い日。楽しくシャッターを切っていきましょう。

![いつかは終わる写真活動、それまでにやりたいこと。SUMMICRON-M f2/50で1ヶ月毎日写真を撮影した感想。 [ 一日一撮・うろうろSNAP 4年目-9 ]](https://urouro.blog/wp-content/uploads/2026/09/サムネイル310.jpg)